マダツボミの観察日誌

ギャルゲーマーによる、ギャルゲーやラノベの感想、備忘録とか

CROSS†CHANNEL 感想

 ーー生きてる人いますか? 

 『CROSS†CHANNEL』今更ながらプレイしました。ずっとプレイしようプレイしようと思っていたらもう2020年ですね。本作の発売が2003年みたいですから、17年も経ってることになります。発売日に生まれた子供がそろそろ今作をやれる年齢になると思うと胸が熱くなりますね(なるか?)。

 さて感想なんですが、私にとってこの作品は人生の答え合わせでしたね。

 勿論人生には答えなんてないんですけど、今までの経験から自分が考えていたことと、主人公の太一がヒロインたちに説法する言葉が一致したんです。他人に自分の心を委託するなとか、交友とは手加減のうまさでしかないとか。

 太一がこういう結論に至ったのは、強い悪意を受け続けたことや、信頼していた人に裏切られたことですが、人の輪の中で生きていれば太一ほどの劇的な過去はなくとも、多かれ少なかれそういう事に皆直面するものだと思います。直面するよな?

 一見、上の台詞は聞こえが良いですが、シナリオを読んでいく中で、それらは太一の自分を守るための逃げであると読み取れます。嫌なことがあったとき、そのあとどういう風に生きるかーー逃げるのか、立ち向かうのか、忘れるのか、そもそも気づかないのかーーは人によって変わるでしょう。私は太一よりの人間だったということで、嫌な経験からの自己防衛として、個でなければいけないという観念が確かにあるのです。そういう意味で肌に合った作品だったと思っています。

 

 今を生きなさい、過去でも未来でもなく自分が感じているのは今なのだからというような論調はよく耳にしますね。ギャルゲーだと『はつゆきさくら』がそれです。こういう作品を読むたびに、これが『普通』だよなと強い納得感とともに自分も今を生きなければいけないと思うわけですが、暫く経つとやはり過去にとらわれている自分に気づくわけです。ギャルゲーをプレイするのなんて最たるもので、友人たちが皆卒業していく中、未だに私は遊んでいます。

 でも『CROSS†CHANNEL』はそんな自分を肯定してくれているような気がして、私は救われた気持ちになりました。

 『普通』のコミュニケーションを、全てうまくいくような『グッドエンド』を追い求めていた太一は、度重なる失敗により諦めて人の消えた世界に一人残ります。思い出だけを胸に残して。

 当たり前ですけどないんですよね、現実にはそんなもの。どんなに仲良くなったと思っても、勿論相手が何を考えているのかなんて実際はわからないから、突然いなくなることも、理解できなくなることも有りうるし、勿論誰もがずっと笑っていられるような結末もない。だから太一が一人だけになったEDというのは、そんな現実で、色々なことに目をつぶって虚像の幸せを追い求めなくても良い、個のままでいいと言ってくれているように私には感じられました。

 

 一方で本当にこの作品を肯定していいのか?という疑問もあります。私たちは太一と違って一人の世界に逃げ込むことはできないですし、元の世界に送還された放送部の面々と同様、残酷な現実で生きていかねばなりません。

 ただこういう作品と出会えたことで、私のように思っている人は一人じゃない、暗闇の中にいるようで、顔は見えなくても同じことを考えている仲間がいるんだと知れたことが一番の収穫のように感じます。それが何よりも心強い。

 

 『CROSS†CHANNEL』は正直プレイして面白いというような作品ではなく、人に勧められるようなものではありませんが、同じように悩んでいたりする適応係数が高めなお仲間にふと出会って救われて欲しい、そんな作品でした。

 

ーーまだ皆さん生きていますか?